■創部経緯
1990年春、初代主将である征矢圭介(1992年度日本代表)は高校時代の友人が明治学院大学でラクロスをやっているという話を聞いた。
「ラクロスならALL JAPANになれる」当時 商学部の同じクラスだった内園・安武・谷口は征矢の説明を聞いてもラクロスというスポーツが何なのか良くわからず、征矢の言葉にも半信半疑だったが、一同がむしゃらに何か打ち込めるものが欲しい時期であり、また征矢の「一番ALL JAPANに近いスポーツ」という言葉に囁かれ、ラクロス部の結成に動き出す。
その後前述の4人のほか日本ラクロス協会会長の息子の木村・アメリカ帰りの鈴木直・ホテル勤務の三瓶も参加し、10名以下での日大ラクロス部としての活動が始まる。
創部1年目は当然全員が初心者であり、教えてもらえる者もいないため、当時かなり強かった明治・明治学院・成蹊などの練習や合宿に参加させてもらったりしながら練習を重ねる。
しかし日大としてリーグ戦に出るには人数が足りず、発足したばかりの東京経済・法政・国学院との混成チームでエキシビジョンマッチに出場し、大敗。このとき日大としてリーグ戦出場を目指すことになったのは言うまでもない。
翌年は1年生の勧誘に力を入れ、15名以上の新入生が入部。
練習場所を確保すべく、文理学部グランド・商学部グランド・和泉多摩川の土手から始まり、理工学部グランド・荒川河川敷などグランドを求めて移動・活動しながらチームとしての体制を作っていき、創部2年目に日大単独チームとして関東大学リーグ出場を果たす。
以降、日大ラクロス部としての活動は2005年で16年目を数えるが、創部当時の最初の掛け声であった「GO
NU(ゴー エヌユー)」は、今も確実にチームの選手たちに浸透し続けている。
なお戦績は以下の通り。
■日本大学ラクロス部 関東学生リーグ戦戦跡(1991年〜2004年)